JCCPのケニアでの活動
スラムでの心のケア支援
スラムでの子供や女性への心のケア支援
ケニアの国内暴動では、日頃から不満を抱えた人々が多いスラム地域でもっとも激しい被害が出ました。 とくに首都ナイロビにあるマザレスラムは、人口は約40万人とも推定されており、出身地域や民族ごとの住民の住み分けがある地域です。 マザレスラムでは2007年末からの大規模な暴動により、505軒の家が焼失したほか、女性や子どもに対する性的暴力も発生しました。 事態が沈静化した今も、被害を直接受けたり、暴力を目の前で目撃して心の傷を負った人々に対してほとんど何の支援も行われていない状態です。
JCCPは、2008年4月から、マザレスラムにおいて暴動による被害状況の調査を開始したほか、 スラムの住民のなかからコミュニティ・カウンセラーを養成し、子どもや女性を主な対象に心のケアを行っています。
国内避難民の再定住支援
国内避難民の再定住支援
首都ナイロビから60キロほど離れたリフトバレー州マイマヒヨには、2008年末から、暴動による 焼き討ちで住む家や土地を失い、新たな生活と平和を求めて多くの家族が続々と移り住んでいます。山からの強い風が吹き付け、砂ぼこりが舞い、井戸を掘っても水が出ない乾燥した土地で、住民たちの多くは雨風もしのげないテント生活を余儀なくされています。
JCCPは、この土地で新たな生活を始めようとしている避難民たちを支援するため、2008年4月より787世帯、およそ3,800人の住民に対し、給水施設の設置と住居建設を行っています。
ケニアの暴動について
ケニアには42の民族が住んでいますが、民族間の小さないざこざはあったものの、 大きな争いには至らず平和に多民族社会として共存してきており、「アフリカの優等国」とされていました。 しかし、2007年12月に実施された大統領選挙の結果への不満が、各地で暴動や焼き討ちに広がった結果、 1,000名を超す死者と50万人の国内避難民を出す事態となりました。
多くのケニア人にとって民族はアイデンティティーの根拠になっており、小さな民族間の軋轢は、牧畜民族と農耕民族との間での土地や水、牛を巡る問題などの形で垣間見ることができます。 一方、2007年末から2008年初旬にかけてのケニア全土での暴動は、これら日頃の生活や経済状況に対する不満が、民族間の対立に置き換えられ爆発する形で発生しました。 とくにケニア西部、貧困層やスラム地域で激しいものとなり、開票結果に不満を持った民衆とその動きを弾圧する警官隊を巻き込んだ大規模な暴動に発展しました。 暴動後、JCCPはケニアで国内避難民キャンプやスラムでの支援を続けています。

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